児童労働のない未来へ-NPO 法人ACE代表 岩附由香のブログ(single-blog)

日々是発見

2008年7月29日

小田実、憲法9条、NGOの皮膚感覚

昨年7月30日に亡くなったベトナムに平和を!市民連合(べ平連)代表、作家として著名な小田実(まこと)さんの追悼番組を見ました。

べ平連で、平和的なデモ行進を行っている映像と「風船などを持って歩いたこともあった」というキャプションを見て、ACEが1997年に行ったグローバルマーチや、今も行っている児童労働反対世界デーを記念したウォークに似ていると思いました。

末期がんを抱えながらも「まだ話したり書いたりすることはできるから」と最後まで言葉を残そうとした小田さんの姿と遺された言葉は、なんとなく気になっているけどそ、れについて発信するまでは自分の中で整理がつけられていなかった「憲法9条の議論」を考えるきっかけになりました。

戦争によって民間人が死んでいくことを「難死」という

小田さんいわく(言葉じりは私の記憶なのであいまいです)
「民主主義と自由を持つ国家はたくさんあるが、それに平和主義が結びついているのは日本だけ」
「軍事産業が基幹ではない産業構造と中流を作ったことが日本の平和を支えた」と。

一度、産業構造が固定化してしまうと、それを保持するために買い手が必要になる。つまり軍事産業が発展するほど、それを使う「戦争」が必要になってくる。アメリカのアフガニスタンとイラクの戦争へと発展していくのは、そのような背景がやはりあるように思えてなりません。

そのような戦争によって、民間人が死んでいくことを「難死」と呼んでいます。終戦間近に、日本がしぶるポスダム宣言受け入れを最後に踏み切らせるために行われた大阪空襲で命を奪われた人たちの死には、何の意味があったのか。意味がある死ではなかったのではないか。

戦争を体験したことがない世代が不条理とどう向き合っていくか

小田実さんご本人が大阪で終戦直前に空襲に会ったことが、ご本人の原体験として残っている。本来は作家である彼が、様々な市民活動を展開したのは、この原体験があったからこそです。

これから私を含む「戦争を体験したことがない世代」で社会が構成されている中、「難死」を含む戦争の不条理や不合理をどう私たちがその皮膚感覚も含めて感じ取ることができるのかが、ひとつ重要になってくるのではないでしょうか。

今回の番組をみて、「活字にして本に遺す」ということの重要性を改めて認識しました。

他社の人生の皮膚感覚を疑似体験

少し話がそれますが、ACEの事務所がある御徒町から、G8サミット関連で早稲田にあるJANICに行く途中、乗り換えの飯田橋駅に、公共広告があります。

あのこの よろこび
このこの いたみ
じぶんじゃ ないのに よくわかる
ほんが こころを つよくする

という子どもの読書諸威信会議の広告で、
いわさきちしろさんのイラストとこの詩が見事にマッチしている。

本は誰か違う人の人生の皮膚感覚を疑似体験することができます。発信者と受け手、両方の能力が問われるが、これから戦争体験の経験のない私たちはこういった知的想像力がもっと問われていくと思いました。

国際協力NGOが伝えて行かなければならないこと

そして今、国際協力NGOが直面している現場は、「難死」に極めて近い状態におかれている人たちの現状です。HIV/AIDSや下痢で命を落とす子どもたち、児童労働、貧困、、、私たちNGOは、人が意味を持って生きることができない現状を知っており、その不条理の皮膚感覚が現実のものとして、直接目にし、触れる機会があります。

だからこそ、そこで得た「難死」の感覚というものを、そういう皮膚感覚を持った国際協力NGOが、もっと
日本のこれからの問題にも積極的に関わり、発信をしなくてはならないのではないでしょうか。

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