2025年版「カカオバロメーター」が発行されました〜活動で得た知見を共有し、児童労働に関する章の執筆に貢献〜

2025年版「カカオバロメーター」が発行されました〜活動で得た知見を共有し、児童労働に関する章の執筆に貢献〜

こんにちは。スタッフの川村です。マルチステークホルダー連携と政策提言を担当しています。

10月8日(水)、ACEも参加する国際ネットワーク「VOICE Network」が、カカオ産業が抱える問題と改善の方向性をまとめた報告書「カカオバロメーター」2025年版を公開しました。

ACEの「しあわせへのチョコレート」プロジェクトでは、チョコレートの原料カカオの生産地における児童労働の撤廃をめざし、主に
① ガーナのカカオ生産地における児童労働の予防・撤廃を実現する仕組みづくり
②日本国内のステークホルダーとの連携
③国際的なルールづくりにおける重要なアクターへの働きかけ
をしています。

本報告書の発行は、近年強化している③国際的なルールづくりに関する活動のひとつとして取り組んだものです。

「VOICE Network」 は、カカオのサステナビリティ課題に取り組む25のNGOや労働組合で構成される国際的なネットワークです。本報告書は加盟団体と共同執筆したもので、カカオ産業の抱える課題とその解決への道筋を示しています。カカオ生産国の市民社会との議論、ネットワーク内での長期間にわたる議論、政府や政府機関、カカオやチョコレートを取り扱う企業関係者との対話を通じて作成しました。

ACEは特に「児童労働」の章において、ガーナでの活動経験をもとに、児童労働フリーゾーン認定制度の取り組みや、多様なステークホルダーが協働する重要性について知見を提供しました。(詳細は後述のとおり)

連携による社会的インパクトのスケールアップをめざします

これからも、当報告書発行を含む「しあわせへのチョコレート」プロジェクトを通して、国内外のチョコレート企業や生産国および消費国政府に対し、今までの活動で積み重ねてきた知見から、児童労働をなくすため有効な支援と今後の課題を共有し、現場での社会的なインパクトのスケールアップへつなげられるよう活動を続けてまいります。これからもご支援よろしくお願いします。

2025年版カカオバロメーター

前回の2022年版カカオバロメーター発行時には、カカオバロメーターとして初めて、概約版の日本語版を発行しました(ACE翻訳)。カカオ産業を中心とした多くのステークホルダーのみなさまにお読みいただき、あるいは講演の資料としてご活用いただくなど、課題への関心の高さを実感していました。

 

以下、2025年版カカオバロメーターの要点解説です。少々専門的な内容となりますが、ご関心のある方はぜひお読みください。

複雑に絡み合う三大課題と、課題の全体解決への道筋を示す

カカオ産業の三大課題と言われる人権課題、環境課題、生活所得(生産者の低収入)は、それぞれの課題を生み出す個別の要因が存在するのではなく、たくさんの要素が3つの課題にまたがり相互に複雑に絡み合っています。

カカオのニ大生産国であるコートジボワールとガーナには、未だ150万人の子どもが児童労働に従事しています。カカオ栽培による森林破壊はラテンアメリカや中央アフリカなど新たな地域へ拡大し、生物多様性の損失を脅かしています。また、歴史的なカカオの価格高騰が起きた今年、企業は「カカオの価格が3倍になった」と主張する一方、生産者からは「自分たちの手取りはむしろ目減りしている」と嘆く声が上がっています。奇妙に聞こえますが、どちらの言い分にも一定の根拠があります。国際相場は急騰したものの、農家が受け取るファームゲート価格はその上昇幅とは同等の水準では上がっておらず、さらに2024年の現地通貨の下落や生産コストの上昇により、農家の実質所得はむしろ低下したためです。残念なことに、どちらの言い分も間違っていないのです。

当報告書では、これら三大課題を報告内容の中心に、児童労働や森林破壊など多くの要素が複雑に絡み合うカカオ産業の課題について要因と実態を解説します。さらに、これまで15年間の活動を振り返ります。また、振り返りにより明確になった課題の解決へ向け、これからの道筋を最新の情報と共に示し、企業やカカオの消費国および生産国の政府など、各ステークホルダーに求められるアクションを提示しています。

カカオのプロブレムツリー(出典:2025年版カカオバロメーター)

 

過去15年間の取り組みを振り返る

―増えた「プロジェクト単位の成功」、とどまる「セクター全体へのインパクト」

課題を個別に対処すると部分最適にとどまることもあり、相互に悪影響を及ぼす可能性が否めません。そのため、持続可能なカカオ産業を実現するためには、これらの課題を複合的に解決していくことが求められています。

2025年、VOICE Networkは設立15周年というターニングポイントに立ちました。2025年版カカオバロメーターでは、過去15年間(2010~2025年)のカカオのサステナビリティに関する取り組みを振り返り、成果の可視化と課題の分析を中心に体系的に整理しています。大枠としては、「企業・政府・市民社会の取り組みは増えたが、根本的な変革には至っていない」という評価に至りました。「プロジェクト単位の成功」と「セクター全体へのインパクト」のギャップが明確になり、これまでの取り組みの延長線では不十分であり、価格高騰・気候変動・消費国の規制強化などの外部条件が大きく変わったため、構造的な変革の必要性を訴求しています。

児童労働をなくすために必要なこと-ACEの知見をカカオバロメーターにて共有-

ACEは特に「児童労働」の章において、ガーナでの活動経験をもとに、児童労働フリーゾーン認定制度の仕組みや取り組み、また多様なステークホルダーが協働する重要性について知見を提供しました。

・2025年版カカオバロメーター「児童労働」の章では、企業がサプライチェーン上で導入する児童労働監視改善システム(以下、CLMRS)と、地域全体を対象とした児童労働フリーゾーン(以下、CLFZ)のエリアベース・アプローチが相互補完的であり、両者を組み合わせることがより効果的な児童労働撤廃につながるという点が明確に位置づけられた。CLMRSが企業のサプライチェーン内でのリスク発見・是正に強みを持つ一方、CLFZは企業の支援が届かない地域の子どもや他セクターへの児童労働移行を防ぎ、地域全体での持続的な児童保護体制の構築を可能にするためである。

・ガーナのCLFZイは、エリアベース・アプローチを取り、統合的な地域行動を通じてあらゆる形態の児童労働を撤廃することを目的とし、定義された地域内の全ての子どもを対象とし、就学と子どもの保護への普遍的アクセスを確保する。これは、サプライチェーン・アプローチでの支援が届きにくい地域にも適用可能な柔軟性を備えている。

・CLFZとして認定されるには、リスクのある子どもを特定し個別支援を提供する機能的な児童労働モニタリングシステムの整備、およびすべての子どもにとって安全でアクセス可能な学習環境の創出、脆弱な家庭への経済的支援など、コミュニティは特定の基準を満たす必要がある。それらの要件を満たせるよう、中央政府、地方政府、コミュニティのリーダーは連携し、制度の整備を行う必要がある。

・現在CLFZは、政府機関、NGO、地域リーダー、民間企業を含むマルチステークホルダー・パートナーシップによって持続的に運営されている。この協働モデルは、統一された地域戦略のもとで様々な開発への取り組みを調整し、児童労働の予防策をより広範な国レベルの仕組みに組み込むための再現可能な枠組みを提供する。

・効果を高めるためには、特にガーナやコートジボワールのような資源に制約のある環境において、国家政策の一貫性とドナー間の調整が不可欠であり、民間セクターの貢献が公的資金を補完することが期待されている。

2025年版で新たに強調された10の項目

2025年版カカオバロメーターでは、報告書全体として以下の点が新たに強調されています。

1.過去15年の振り返りを踏まえた総合的な評価

VOICE Network設立15周年を契機に、2025版では過去15年間の活動と政策の成果・失敗を体系的に整理し、今後必要となる制度改革や協調の方向性を総合的に提示しました。

2.長期的な変革タイムラインの提示

過去から現在に至るセクターの構造変化と停滞の歴史を振り返るタイムラインを示し、次の10〜15年に必要な制度改革やリスクを総合的に描き出すなど、長期視点に基づく分析が大きく強化されました。

3.チョコレート・スコアカードの評価の統合

企業の透明性・進捗を評価するツールを既存のバロメーター分析に組み込む新しいアプローチを取り、企業の持続可能性の評価として「Chocolate Scorecard(チョコレート成績表)」の結果をレポート内に統合しました。

4.エビデンスに基づくグローバルでの連携強化

本報告書で扱われる様々な課題に共通する点として、業界が直面する課題を解決するための質の高いデータと国際的な協力体制の弱さが引き続き深刻であることがみられました。構造的な改革の実現を狙った、エビデンスに基づくグローバルな連携を強化することを求めています。

5.市場の激しい変動(ボラティリティ)の重大リスク化

近年の収穫不良や価格急騰など、市場の激しい変動が農家の生活とサプライチェーン全体に深刻な影響を与えていることを取り上げ、ボラティリティそのものが構造的リスクとして位置づけられました。

6.高価格にもかかわらず農家の貧困が続くという逆説の強調

「記録的な高価格でも農家の多くは依然として貧困にある」という状況を核心的な問題として取り上げ、価格上昇だけでは生活所得には到達しないという課題を新たな警鐘として提示しています。

7.コモディティ化からの脱却(デ・コモディティ化)の提案

カカオを単なる国際商品として扱う従来の市場構造を見直し、供給管理や価格形成の仕組みを含む制度的な変革を進めるべきだとする、より踏み込んだ提案が示されました。

8.ガバナンスと意思決定へのライツホルダーの参加

生産国の農家やコミュニティを「ライツホルダー(権利保持者)」として位置づけ、彼らが政策やサプライチェーンに関連する取り組みの意思決定に実質的に参加できる仕組みを整える必要性が従来に比べより明確に打ち出されました。

9.森林・気候・生態系への再投資の推進

再植林や生態系サービスへの支払い(PES: Payment for Ecosystem Service*)など、環境保全に対する積極的な再投資の仕組みを構築すべきだという提案が追加され、森林破壊防止を超えた“環境再生型”アプローチが強調されました。

*生態系がもたらす恩恵(サービス)を受けている人々(受益者)が、そのサービスの維持・保全にかかる費用を、サービス提供者(管理者)に支払う仕組み。

10.リスク共有と制度介入の緊急性の明確化

企業・政府・市民社会が価格変動や気候危機といったリスクを公平に分担し、生活所得保障や森林保全に向けた制度的介入を強化する必要があることを、緊急性の高い課題として位置づけました。

2025年版カカオバロメーター
各ステークホルダーへの主な提言(抄訳)

すべてのステークホルダーは

  • 課題のスケールと緊急性を反映し、取り組みを大幅に拡大すること。
  • 生活所得に対しセクター全体の取り組みを実施すること。
  • 森林破壊を一時的に抑止する措置を設けること。
  • 農業慣行の向上を提案する前に、調達慣行とガバナンス政策の支援環境が大幅に改善される仕組みを整備すること。
  • 包括的かつ審議的なプロセスを通じて、すべての持続可能なカカオ産業実現に向けた連携において、生産者(男性・女性の両方を含む)と市民社会を共同意思決定者として関与させること。
  • 効果的な透明性と説明責任のメカニズムを開発すること。
  • モノカルチャーからアグロフォレストリーへの移行を支援すること。
  • 生産者コミュニティが自主組織化し、より大きな発言力をもてるよう能力強化のための支援をすること。
  • すべての持続可能性に関わる取り組みに、女性と若者を巻き込むよう調整すること。

企業は

  • 購買慣行を含む、目標期限を明記した生活所得行動計画を策定すること。
  • 生活所得基準価格へのコミットメントを表明すること。
  • 生産者と長期安定契約を結ぶこと。
  • サプライチェーン全体をカバーする透明かつ効果的な児童労働監視改善システム(CLMRS)を実施すること。
  • 生産地レベルを含むサプライチェーンのトレーサビリティを確保すること。
  • 包括的な環境・人権デュー・デリジェンス方針を策定し、実施すること。
  • 持続可能な支払い(生活所得差額、国別差額、認証プレミアムを含む)に関するサプライチェーン全体の透明性を確保すること。
  • 生産者が新たな環境・社会基準を全て遵守できるよう費用を支援すること。

認証機関は

  • 生活所得と生活所得基準価格の支払いを主要要件とすること。
  • 取引業者の行動規範を強化・徹底し、多国籍企業に対しカカオ生産者と同等の変革を求めること。
  • 新しいEU規制の実施における、物流面における技術的・財政的支援を提供し、負担が生産者に転嫁されるのを防止すること。

カカオの消費国政府は

  • あらゆる人権・環境デュー・デリジェンス規制において、生活所得を核心要素として明文化し、企業による目標期限付き行動計画を義務付けること。
  • 市民社会と生産者の代表権を支援すること。
  • 生産国の能力構築、農家の貧困対策、義務的人権・環境デュー・デリジェンスの適切な実施促進に向け、持続的な財政的・技術的支援を提供すること。

カカオ生産国の政府は

  • カカオのファームゲート価格を商品市場から切り離し、生産コスト(生活所得を含む)を反映させるよう取り組むこと。
  • 生産者の生活を安定させるため、生産量・供給量を国として管理する仕組みを整えること。
  • 公的資金の徴収・支出方法に関する透明性と説明責任を大幅に強化すること。
  • 森林破壊と児童労働の両面において、国家レベルのカカオ監視・トレーサビリティシステムを開発・運用すること。
  • 残存森林の保護を徹底すること。
  • 食料主権と農村インフラに焦点を当てた国家農村・農業開発戦略にカカオに関する計画を組み込むこと。
  • 国家カカオ計画に調査手段・新技術・資金へのアクセスを含めること。
  • 売却カカオのトン数、カカオ販売価格(全ディファレンシャルを含む)、農場出荷価格と世界市場価格の価格設定を毎年開示すること。

2025年版カカオバロメーター
目次(仮訳)

  1. イントロダクション — 6
  2. 産業全体の概観 — 10
  3. 一生に一度; 2025年の市場について — 22
  4. 生活所得 — 40
  5. 基準を引き上げる:21世紀におけるカカオの持続可能性の歩み — 74
  6. 環境保護 — 78
  7. 人権 — 120
  8. 法の支配 — 150
  9. 今後に向けて — 182
  10. 主な提言 — 188
  11. 奥付および参考文献 — 192

関連情報

実は、児童労働の解決に向けても、今年6月にILOとユニセフから発行された児童労働に関する最新の報告書「児童労働:2024年の世界推計、動向、前途」において、児童労働をなくすための活動に必要不可欠なこととして次の4点が強調されています。

  • 共通の目標達成に向けた支援内容を調整すること​
  • 限られたリソースを最大限に動員すること​
  • エビデンスを集約し、​それに基づく政策決定をすること​
  • 協働による取り組みをすすめること

これらはカカオバロメーターでの提言内容と重なっており、児童労働を取り巻く国際社会において共通の課題として認識されています。

  • カテゴリー:報告
  • 投稿日:2025.11.26