2024年9月30日
【岩附通信vol.44】生徒Aと呼ばなければならない痛ましさとそれを生むシステムについて
これを書いている夏の終わり8月最後に大きな台風がやってきています。みなさまどうぞご安全に。
そしてACEの年度は9月はじまり8月終わりなので、ACE的には年度末です。
1年間の活動をこうして無事終了できるのも、いつもみなさまに支えていただいているからです。
ACEへのご支援、ありがとうございます!
さて、2月から毎月通った沖縄出張も8月で一区切り。
今月は親子向けの子どもの権利ワークショップ、また学童でNVC(共感的コミュニケーション)をベースにしたダイアローグ・カードを使ったワークショップをやらせてもらいました。
それぞれに新しい手法を試し、組み合わせて作り上げたものを実施するのは楽しくもあり大変でもありましたが、良いフィードバックを聞くとやってよかったな、と思います。
そして学童では、いよいよ来週から学校がはじまる!どんな気分?と感情をきいたら、感情カードの「嫌い」「やる気が出ない」などが大人気!で子どもたちの不満がぶわっと吹き出したのも印象的でした。
何がいや?ときくと、「宿題がやだ」「叱られるからやだ」「理不尽」など。
そんな表明をしつつ、最近あったことを聞き出してそれぞれの子どもたちが大切にしたいニーズのカードを選び、それをプレゼント型にかわいく折った折り紙に書いてもらいました。
私の担当したグループでは、高学年の男子2人を中心にやり、多分ちょっとめんどくさいなぁと思われていたとは思いますが、なんだかんだで自分のエピソードからニーズを選び取り、その中から自分の持ち帰りたいニーズを書いていました(ていねいに縦書きで「理解されること」というニーズを書いていた男の子もいました)。
子どもたちが短い時間で遊びながらもそうやって、表現し、自分のニーズを探し当てる力があることに、おばさん感服です。
できるだろうと思っていたけど、やっぱりすごい、という感じ。
さて、今回の沖縄出張ではACEで行っている「沖縄うまんちゅ子どもの権利推進プロジェクト」の活動だけではなく、講師派遣も2件あわせて対応したのですが、今日はそのうちのひとつのお話を紹介させてもらいたいと思います。
講師派遣の依頼元は、ボイスオブチルドレン沖縄という任意団体です。
沖縄県内で起きた高校生の自死事案について、再調査の報告書が提出され、その提言にそった対応を県や教育委員会がそれぞれ発表しているので、それらを子どもの権利の観点からどう見えるか話してほしい、というご依頼で、この自死案件の再調査の委員長を務めた弁護士の先生と2人で登壇し、お話をさせていただくというものでした。
とても重い、悲しい、重大な子どもの権利侵害の事案です。
沖縄県在住でもない、通りすがりの私に何が言えるのか、報告書を読みながら悩んでいました。
実はこの再調査報告書には、子どもの権利という言葉も、その視点もかなり多く含まれており、提言の中には「子どもの権利条約」の理解浸透や、子どもの権利条例の制定、オンブズパーソンの設置も含まれています。
そのため、私の方からは、子どもの権利条約やこども基本法がどういうものでという背景的な説明や、他の地域の子どもの権利条例やオンブズパーソンの事例も紹介しながら、氷山モデルを使って起きた出来事をシステムとして捉える、という視点を提供する試みをしてみました。
氷山は海面に出ている部分は一部で、実は海水の中にあり見えない部分が大きくあります。
起きている出来事もじつはその元をたどっていくと、より大きなパターン、構造、メンタルモデルがあり、システムがある、というのを氷山で表したのがこのモデルです。
生徒A(再調査報告書でこう記載されているので、ここでもそうします)は、空手部で活躍していましたが、顧問からの度重なる暴言、叱責、ハラスメントが起因となり、追い詰められ、たぶんもうどうしたらいいかわからなくなってしまって、自死に至ってしまいました。
顧問が当該生徒以外でもこれまで子どもの指導に関する問題が指摘されてきたことがあったにも関わらず、実際何があっかは子どもたちには聴かれず注意で終わってきたこと(子どもの権利侵害の疑いがあっても、とがめられなかった経験)は、繰り返していた「パターン」です。
また、今回本来禁止されていたはずのLINEで部員と顧問、また当該生徒と顧問が個別にやりとりをしていわけですが、そうしたやりとりやそこで何か行われていたかが密室化しており、またその中でも顧問の言うことを絶対にきかなければならないという支配的関係があったこと、その力学は「構造」といえます。
そしてそうした中で生徒たちからも誰からも、顧問の理不尽な命令や指示に対して声をあげられなかったのは、この学校が進めていたいわゆる「ゼロ・トレランス」(生徒心得に対する違反や問題行動を起こした生徒への指導にイエローカード制を導入し、生徒からの申したては認めないという不寛容に指導を行う指導方法)を行っていたことが、学校全体として「先生の指導が絶対であり従う以外の方法はない」という「メンタルモデル」(考え方、思い込み)を生み出していたのではないかと思います。
調査報告書の提言には、このシステム(パターン、構造、メンタルモデル)に働きかけるような内容が書かれています。
この提言を受けてそれぞれの取り組みが本当に進んでいくのか、をモニターする組織は構成されていないため、市民社会側から見守っていくことで、実行の担保を促すことができるのではないかという話もしました。
今回のイベントの参加者の中には、これまで私たちが県内で行ってきた子どもの権利研修に参加してくれた参加者や、県議会議員、事件のあった高校のある市の市議会議員等もいました。
終わった後に当事者のご両親や生徒Aを知っていたという方々が聴いてくださっていたこともわかり、そこにある深い痛みと、またその中でもどのようにしたらこうした悲しい出来事をこれ以上起こさないように何ができるのかと真剣に向き合う姿を見せていただきました。
一緒に登壇してくださった調査委員会の委員長であった古堅先生が最後におっしゃっていたことがとても印象に残ったのでそれもお伝えさせてください。
こうした報告書は公表されるときに個人情報の観点から黒塗りになってしまって読むところがない、みたいな形になりがちだが、今回は、読んでもらえる報告書を作ろうと委員で話して、こうした報告書では特殊ではあるがさいごに「むすびにかえて」という文章を記した、と。
こうして読んでもらえる報告書を作ることが、このような自死を止めることができなかった人側の側の責任のひとつであると。
実はこの「むすびにかえて」の文章、読んだときに泣いてしまったのですが、今回の調査委員会の副委員長である上間先生の文章なんだろうな、と思わせる、あたたかくかつ訴えかける文章です。
「子どもが生まれたとき、親となったひとは万感の思いをこめて子どもに名前をつける。そうして名付けられ、大切に育てられてきた彼の名前を『生徒A』として記すことの痛ましさを思いながら、私たち委員はこの調査を続けてきた。」
「兄の姿を追いかけるように空手道場に通うようになったこと、ひとに何かを教えることが得意だったこと、大会で優勝したあとの教室で『チャンピオン!』と呼びか けるとにっこり笑ったこと、他の道場で稽古をするときにはその道場のひとに失礼 になるといって黒帯を締めることはなかったこと<中略>。それらの話は、両親に愛されながら育ち、師匠や先輩や同級生や後輩とともに 自分が好きなことに打ち込み、その好きなことの楽しさや方法を存分に周囲に分け与える、生き生きとしたひとりの子どもの姿であり青年の姿であった。 その一方で、悲しみや苛立ち、そして深い孤独を抱えていたと思われる彼の言葉や姿も聴いた。」
(令和 3 年 1 月沖縄県立高等学校生徒の自死事案に関する第三者再調査委員会「調査報告書」概要版より引用:https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/028/473/gaiyou.pdf )
実際の報告書は200ページ越えですが、概要版は46ページです。この「むすびにかえて」も概要版についています。
当日はACEの在沖縄スタッフも参加していたのですが、一番最後に見せた「システムを変化させたいと思う人がリーダーシップを発揮するには」とのタイトルのスライドを写真にとっている人が多かったのが印象的だった、と教えてくれました。
これは実はACEでもお世話になっているチェンジ・エージェントさんのウェブサイトから引用したものですが、私が一緒に登壇させていただいたこともあるディヴィッド・ストローさん(「社会変革のためのシステム思考実践ガイド」著者)の言葉として紹介されているものです。
・意義のある方向性を示すことで活力を与える
・どんなに困難な現実も受け入れる
・長期的に考え、短期的に行動する
・継続的に学習する
当日参加されていたみなさんが、それぞれどのようにこの言葉を受け止められたのか計り知ることはできませんが、悩みながらも私なりの役割を果たせたのかな、と思いながら沖縄を後にしました。
今回は思いのほか長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
2024年8月30日 ACE代表岩附由香
※「岩附通信」は、会員・子どもの権利サポーターの方の特典として毎月1回配信しているコンテンツですが、配信から一カ月以上が経過したものを代表ブログにて一般公開しています。